最高裁判所第一小法廷 昭和26年(あ)4677号 判決 1952年3月06日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人大橋茹の上告趣意第一点について。
しかし、適法な証拠調を経ない証拠を他の証拠と綜合して犯罪事実を認定した違法があっても、その証拠調を経ない証拠を除外してもその犯罪事実を認めることができる場合には、前記の違法は、判決に影響を及ぼさないものというべきであることは、夙に当法廷の判例とするところである。(判例集四巻一号三〇頁以下参照)。そして、新刑訴三七九条によれば、前二条の場合を除いて、訴訟手続に法令の違反があってその違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由とするときに限り控訴の申立をすることができるものである。されば、綜合認定をした数個の証拠中の一が証拠調を経ていなくても判決に影響を及ぼさないときは、判決破棄の理由とならないものであって、引用された判例(昭和二三年(れ)七一一号同年一一月六日の最高裁判所第二小法廷の判決其の他)は本件に適切でないとした所論引用の昭和二六年(れ)六七号同年六月一五日宣告の当裁判所第二小法廷判決(判例集五巻七号一二六九頁以下参照)は、正当であるといわなければならない。そして、後の第二小法廷の判決は右のごとくその判決理由の中で前の自己の判決を適切でないとして排斥したものであり、原判決は、前記当法廷の判例並びに右後の第二小法廷の判例に従ったものであること明白であるから、所論は、刑訴四〇五条二号の上告理由として採用することはできない。
同第二点について。
原判決が所論控訴趣意を排斥するについて、所論摘示のごとく両鑑定書は結論において矛盾なく、従って理由に齟齬あるものでない旨判示したことは所論のとおりである。そして、両鑑定書を比較対照して見ても原判決の右判断が実験則に反し又は論理の法則に反する点は認められない。されば、所論判例違反の主張は、その前提を欠き採用し難い。
同第三点について。
しかし、原判決は、所論供述調書添附の上申書についても適法な証拠調手続が行われたものと判断しているのである。されば、所論判例違反の主張もその前提を欠き採用できない。
同第四点について。
所論は、事実誤認の主張であるから、刑訴四〇五条の上告理由に当らないし、また、記録を精査しても同四一一条を適用すべきものとは認められない。
弁護人島田武夫、同島田徳郎の上告趣意第一点について。
しかし、原判決は、被告人の自白だけで有罪の判決をしたものではなく、その挙示の数多の証拠を綜合して判示犯罪事実を認定したものであること明白である。されば、所論は、その前提を欠き採用し難い。
同第二点について。
所論は、憲法三一条の違反を主張しているけれども、その実質は、原審の裁量に属する所論鑑定書の証拠能力並びに証拠価値を争うものに過ぎないものと解されるから、刑訴四〇五条の適法な上告理由として採ることができない。
同第三点について。
所論は、憲法三二条、三一条違反を主張するけれども、その実質は、被告人が心神耗弱の状態にあった旨の主張を採用しなかった原審の措置を非難するに過ぎないものと認められるから、刑訴四〇五条の適法な上告理由として採用し難い。
よって、刑訴四〇八条に従い裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 真野 毅 裁判官 岩松三郎)